昨年の交通事故死者が67年ぶりに4000人を下回り・・・

こういう考えの人が世の中に少なくないのでしょう。
一つの考えるよすがとして読んでみましょう。

日本経済新聞2017年1月6日付け「春秋」
http://www.nikkei.com/article/DGXKZO11372950W7A100C1MM8000/
 「輪タク全盛」と、物の本にある。1949年、つまり終戦から4年後の話だ。自転車に急ごしらえの座席をつないで客を運ぶ銀輪タクシーが道にあふれ、この年、全国で1万3000台にのぼったという(「昭和・平成家庭史年表」)。焼け跡を走り回ったのだろう。
▼昨年の交通事故死者が67年ぶりに4000人を下回り、そんな時代と同じ水準にまで戻ったそうだ。輪タクゆきかう戦後まもないころとは比較にならぬ交通事情なのに、そこまで犠牲者を減らせたのだから驚くほかない。警察や行政が地道な努力を重ね、人々がルールをきちんと守ってたどり着いた「1949年」である。
▼もっともこの統計からは、いまの世の中の別の顔もうかがえる。死者数の半分以上は65歳以上の高齢者で、これまでで最多の割合だ。背景にはむろん、高齢者人口の増加があろう。それに事故死の減少そのものが、クルマ離れと関係があるのかもしれない。若者が減り、教習所だって生徒を集めるのに苦労する昨今なのだ。
▼輪タク全盛の49年は自動車が急増しはじめた年だと、冒頭にあげた年表にある。交通死もこのころから高度成長期を経て増え続け、交通戦争と呼ばれる深刻な事態に至った。その敵をどうにか抑え込んできた日本社会だが、いまはまた新たな戦争に向き合っている。少子高齢化と人口減――この敵に打ち勝たねばならない。


このコラム執筆者はもっともらしい事を述べながら、実はある思考傾向を露呈しています。
◆自身でも「比較にならぬ交通事情」と言っています。「そこまで犠牲者を減らせた」というのはまったく数の上での匹敵でしかないのです。しかしあえて「輪タク」をも持ち出して、読者に回帰するべくもない時代に再会したような錯覚を与える、あざといレトリックです。
◆「驚くほかない」とは、コラム執筆者が認識する現状交通環境ではもっと多くの犠牲者があって当然という意識の裏返しです。またそれは一つの社会的メリットには代償があるという、犠牲を前提とした社会構造を追認する姿勢でもあります。
◆「警察や行政が地道な努力を重ね」→クルマ社会にあっては自動車メーカー責任が不問にされていること、交通システムの根本的欠陥が放置されているなどの事実を、私たちは知っています。
◆「人々がルールをきちんと守って」→きちんと守っていたら、死ななくても済んだ交通死者では?
◆文脈から、交通死が戦争並みだという認識はコラム執筆者にあるようです。しかし交通死が「数」でしかない彼の関心は、コラムの後半では「新たな戦争」へ向かっています。まるで「こっちの戦線はすでに見通しがついた! 次はあちらの戦線に兵力を向けよ!」と号令する将軍様みたいです。コラム執筆者のマクロな目は、交通死者をすでに過去に置き去っているのでしょうか。