なんでも歩道に放り込むのは止めて

自動走行の宅配ロボット開発についてのニュースですが。
「歩道上で実験を行なった」とある一方、「現行のルールでは公道を走るのが難しいとしても・・・」というくだりもあります。
また同ロボットについて他紙のニュースでは、「宅配ロボットが歩道を走行するための法整備を要請していく方針」とも伝えています。
しかし、この人間何人分もの大きさがあるロボットが歩道を通行する前提というのは、かんたんに容認できることではありません。このロボットが歩道上で歩行者に行き合った場合、歩行者優先を徹底できるのでしょうか? 大きさ、形態からしてもまず車両として考えるべきだと思います。
自転車の歩道走行については、近年ようやく「自転車は車道が原則」で是正される方向になってきました。そこへこんどは、「車両かどうか不明」を理由に宅配ロボットが歩道を通行するというのです。
いったいいつになったら、歩行者が歩道を安心して歩けるようになるのでしょうか。
どこを通ったらいいかわからない物を、なんでも歩道に放り込むのは止めてください!

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宅配ロボは自動配送の夢を実現するか クルマの自動運転技術応用 現状どこまで可能?
2018.01.22 乗りものニュース
https://trafficnews.jp/post/79488


目的地まで自動で荷物を運ぶ宅配ロボットの開発がすすめられています。荷物を運ぶということはつまり、公道を走るのでしょうか。いまロボットにできることとは、具体的にどのようなことなのでしょうか。

■どこまでできる? 「宅配ロボット」の現状
 2018年1月17日(水)から19(金)まで、東京ビックサイトで行われた「第1回自動運転EXPO」に、クルマの自動運転システムやロボットの開発を手がけるZMP(東京都文京区)が宅配ロボット「キャリロデリバリー(CarriRo Delivery)」を出展しました。箱型の胴体の下にはタイヤがついており、クルマの自動運転技術の応用により最大6km/hで屋内外の自律走行が可能、自動で荷物を目的地まで届けるというもので、2017年に六本木で実証実験も行われているそうです。

(写真)滑らかなフォルムの「キャリロデリバリー」

「目的地に荷物を運ぶ」ということは、公道を走るのでしょうか。ということは、ロボットは車両になるのでしょうか。また、自動でどこまでのことが可能なのでしょうか。2018年1月現在の現状を、ZMPに聞きました。

――このロボットは、車両なのでしょうか?

 車両かそうでないかは、断定できないところです。そのため実証実験は現在、自由に使える敷地でのみ行っています。例外的に、会社付近の歩道で実験を行ったことがあるのですが、その時は緊急停止ボタンを取り付け、ロボットの後ろに人が同行しています。

――ロボットは、どのように周囲の障害物などを察知するのでしょうか?

 センサーとカメラで、周囲を360度確認しながら動く構造になっています。障害物があらわれた時には、止まったりよけたりして、衝突を避けることができます。あらかじめ察知できた障害物はよけて走行しますが、急に障害物が現れると停止します。横断歩道の信号機は、カメラから見て色を判断する仕組みです。遠隔で監視することも可能です。

――段差を通る時は、どのように作動するのでしょうか?

 現状では、大きい段差を乗り越えられる構造にはなっていません。今後、開発をすすめたいと考えています。
※ ※ ※

 ZMPによると、実用化の際にはスマートフォンの利用を想定したシステムになるといいます。たとえば宅配業者による運用の場合、荷物を積載したロボットが指定の場所付近に到着すると、届け先である顧客のスマートフォンが振動し知らせるといった要領です。顧客が荷物を受け取る際も、スマートフォンをいわばカギのように利用することで、届け先の正しさを担保するとともに、決済機能も持たせられるようにすることを考えているそうです。

■2017年に六本木で行われた実証実験の内容は?
 宅配ロボットの開発は2014年にはじまりました。2017年には、宅配寿司チェーン「銀のさら」を展開するライドオンエクスプレス(東京都港区)とともに、六本木ヒルズで実証実験を行っています。

「ロボットを森ビルの中で移動させ、宅配物を届ける実証実験を行いました。ロボットは、その過程でエレベーターの乗り降りを行っています。ちなみに、ロボットがエレベーターを乗り降りするには、エレベーター側の設定も必要です」(ZMP)

 ZMPは今後も、配達員の人手不足などの課題を抱える事業者とともに、さらに多くの実証実験を行いたいと考えているそうです。

「現行のルールでは公道を走るのが難しいとしても、まずは大学構内やビルの中など、狭い範囲内での運用からでも開始できればと考えています」(ZMP)

 公道に出ない短距離の移動にも、一定の需要はあると見込んでいるそうです。
【了】


posted by tomi at 10:05Comment(0)関連ニュース

歩いて「不便益」

便利すぎる世の中、不便なことにもメリットがあると見直す動きが「不便益」。
加えて私、「便利には落とし穴がある」を座右の銘にしております。
自動車の便利を享受することで、私たちが失うものは? 被る害は?
自動車に乗らず、あえて歩くというのも、ひとつの「不便益」活動かと。
そのメリットは? 人間力の回復でしょう!

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「不便」の効用とは 居眠り運転防止に、記憶力回復にも
2017年9月17日 朝日新聞
https://www.asahi.com/articles/ASK9F6VD8K9FUPQJ00C.html


 いまよりさらに便利になると、引き換えに自分が何かを失うと感じますか? 社会はよい方向に変わりますか? それとも悪い方向に? そんなアンケートに寄せられた声から、社会の変化について触れた意見の一部を紹介します。「便利すぎる」とともに、耳にするようになった「不便益」って? その研究者に話を聞きました。

■工夫する能力 落ちる
いまよりさらに便利になったとき、社会はどのように変わるのでしょうか。届いた声の一部です。

●「自ら評価し判断し、苦労し工夫して段取りをする能力が知らず知らず低下していく。手間がかかること、複雑なことを避けるようになり、本当に必要なものが何だったかを理解せずに便利なものに刹那(せつな)的、衝動的に飛びついていく。汗をかくこと、熟考すること、人とのコミュニケーションや実際に自ら動いて現場に向かうことなどを嫌うようになり、すぐに便利さを追求する姿はあまりにも哀れでは」(埼玉県・60代男性)

●「例えばお掃除ロボットは便利で欲しいですが、自分の体を動かして部屋をきれいにした後の達成感や爽快感は味わえない。心底不便だと感じた時、自分の頭脳をフル回転させ工夫して自力で何とかしようとするのが、私は楽しいと感じている。『感謝』という言葉が死語になりそうで怖いですね」(埼玉県・40代女性)

●「人に頼らずに何でもできてしまう社会は、人とのかかわりあいを煩わしいと思うようになっていきます。すでに電車内でスマートフォンばかり見ている人々は、目の前にいる人が、お年寄りか、妊婦さんか、席を必要としているのか、など気にもせず、画面に見入って自分の世界を楽しむばかりです。自分が子供のころと比べて、思いやりのない人が増えてきていると感じてます。誰がこどもたちに気さくに話しかけてあげるんだろうと、未来を憂えます。思いやりやあたたかさが今後さらに、社会からなくなっていってしまうのでは」(東京都・30代女性)

●「身近な例だと、パソコンやタッチパネルのキーボードに慣れて漢字の読み書きを忘れがちになる。便利になることは享受する傍らで良くも悪くもこれまでの価値観や積み重ねてきた技術や知識をひそかに捨てていることにもなっているのではないでしょうか」(沖縄県・30代男性)

●「先日、勤めている施設でほんの1時間停電があった。クーラーと水回りがとまった。たったそれだけのことで、とても大変でしかもイライラもした。便利に慣れすぎて、それを当然と思ってはいけないことを学べた。こういう機会も必要だろうと思う」(和歌山県・40代女性)

■働き手不足解消の面も
 「先日、出先で車のタイヤがパンクしました。保険についている無料ロードサービスに携帯から連絡をし、保険会社が出先に近い修理会社に連絡をしてくれ、しばらくしたら、修理の人が来て、スペアタイヤと交換をしてくれました。私は、そのパンクしたタイヤを、オートバックスに持ち込んで修理してもらい(年間会員になっていたので無料)、スペアタイヤと交換してもらい帰途に就きました。その時、なんて便利な世の中なんだろうと感動しました。自分の手を汚さずにすべて他人にしてもらった。お金さえ払っていれば自分は電話1本で事なきを得る。これがよいことなのか悪いことなのか。家に帰り子供に『便利な世の中になったなー』と語りました」(岡山県・40代女性)

●「人間の欲望を充足するために技術が進化することを止められない。欲望(ニーズ)には個人差、バラツキがあり、人によって便利かそうでないかの感じ方は異なるが、人類にとってはおおむね技術革新は良い方向に進むことは人類誕生以降の歴史が証明している。儒教的、道徳的な判断はやめて、素直な気持ちで自分にとって便利かどうかを評価するのが自然な在り方。嫌なら使わないこと」(大阪府・60代男性)

●「経済効率や快適な生活を求めて、利便性を追求した結果として現在の生活がある。それは先人たちの努力のたまものであることに疑いはないと思います。でも、時々聞こえる『あの頃は良かった』は事実として、本当に良さそうに聞こえてくる。聞こえてだけなのか、事実なのかはもはや分からないけども。『やってみよう』と新しいものを受け入れ、使いこなすことはすごく大切なこと。でも、それに振り回されずに、古くなってしまったものの良さを忘れない人間でいたい」(東京都・30代男性)

●「『便利すぎる?社会の行方』。これこそが未来を占うキーワードのように思います。不便な時代には、働く時間の多くを、移動する時間、待つ時間、調べる時間などに費やしていた。それらが7割で、本当に働く時間は3割だろうか。これからの時代、そのようなコストが無くなり、3割の時間を働けば豊かな生活が出来るようになる。しかし、そのような流れに乗れない職業に就く人達は、時間の多くを作業する時間で過ごす。働き方の二極分離が生じると思う」(東京都・60代男性)

●「インターネットの普及により、ITや語学のハードルが格段に下がりました。ネット上からいくらでもサンプルプログラムやネイティブ表現が手に入るからです。技術の習得にお金をかける必要がなくなってきているため、決して高嶺(たかね)の花ではありません。知識を提供するだけのコンテンツやビジネスを新たに立ち上げる意味は、既に失われました。単なる知識なら検索すれば分かるからです。今後は自分なりの意見を織り交ぜつつ発信することがより重要になり、むしろ考える力を要求されます。それが良いことかどうかは人によるでしょうけど」(長野県・30代男性)

●「人間のする仕事がどんどん減っていくと思う。今日スーパーに行った際、レジ打ちを従業員がやり、支払いは機械だった。いずれすべて機械で行われるだろう。さらに、あらゆることが機械で行われることで人と関わる機会が減っていくかもしれない。しかし、日本は現在人口減少傾向にあるため、働き手不足を解消するために良い策となるというポジティブな面も考えられる」(神奈川県・20代女性)

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■マイナス面 手間加え解消 
平岡敏洋・京都大学大学院情報学研究科助教

 便利さの中に、不便を組み込む研究をしている京都大学助教の平岡敏洋さんに、不便の効用について聞きました。
     ◇

 自動車の運転支援システムを中心に研究しています。安全運転の課題に居眠り運転があります。運転者の目の動きなどを測り、居眠りしそうになったら警報を出す検知システムが長く研究されてきました。でも検知精度は100%ではないし、警報を鳴らされれば『眠いのは自分が一番わかっている!』と煩わしく感じますよね。

 そこで、居眠り検知システムにゲームの要素を導入しました。運転者の眠気を感知したら、ライオンか猫の声を、前後左右いずれかのスピーカーから流します。運転者はライオンの声が聞こえた時だけ、音の出たスピーカーの方に頭を傾けます。猫の声に反応してはいけません。点数をフィードバックし、点数を上げる意欲を高めるようにしました。結果は、警報を鳴らす従来の仕組みより覚醒度が上がるだけでなく、誤検知があっても煩わしさをあまり感じなくなりました。このゲームは動物の声が一度も流れない、つまり眠気が検知されない時が最も得点が高くなるように設計しています。

 この実験は単調な道路を運転する状況で行いましたが、近年注目されている自動運転機能が作動している時にも有効だと思います。自動運転という便利に、ゲームという「手足を動かしたり、頭を使ったりして手間がかかること」、つまり不便を持ち込むことで、安全という益がもたらされます。

 手間をかけることで、便利さによって能力が下がるのを防いだり、新たな能力や「やればできる」など自己肯定感が得られたりすることを、不便の益、「不便益」と呼んでいます。断っておきますが、便利なものはよくない、昔に帰れ、みたいな懐古趣味ではありません。便利は便利で徹底的に追求し、より便利なもの・ことを目指すべきだと考えています。

 山口県の介護施設「夢のみずうみ村」は、階段や長いスロープをわざと設置しています。便利な「バリアフリー」ならぬ不便な「バリアアリー」で、お年寄りの体力低下を防いでいます。「村内通貨」を使った賭け事が盛んで、利用者は頭を使わざるを得ず、要介護度が下がりました。体と頭を使う手間がもたらす不便益の好例です。

 私はキーボードを打つのが速く会話に遅れることがありません。議事録は会議直後にメールで送り共有します。後で検索するのも容易で、とても便利です。でも、いつしか簡単な漢字すら書けなくなり、スマホで調べるようになりました。漢字を記憶する能力が減退した「便利害」ですね。そこで今は電子ペーパーに手書きしています。手書きという手間をかけることで、漢字を記憶し、会議の内容も前より覚えているようになりました。私にとっての不便益です。

 漢字を忘れても辞書を引けばいいから害とまでは言えないという人もいます。要は、便利と不便は相対的なだけでなく、人によって感じ方も違うのです。便利害とか不便益を考える際に気を付けないといけないポイントの一つです。

 世の中が便利になる流れを変えることはできないでしょう。しかし、便利になることで失われた益、生まれた害があるならば、手間がかかるように「再設計」することで、益を取り戻し、害を減らす。不便益の研究は、便利になった生活の在り方を考え直すきっかけになると考えています。
     ◇

 便利さのとらえ方は立場や価値観によって多様でした。便利になる流れは止めようもありません。さおさしてその流れに乗りつつも、流されてしまわない生き方はあるのか。その先にある社会のあり方でいいのか。しばし歩みを止め、考える時間を持ちたいものです。


posted by tomi at 05:04Comment(0)楽しく歩く工夫

トヨタが目指す「愛」について

昨年1月のオートモーティブワールド2017での講演を紹介した記事から。
トヨタが「愛」に言及は、モノづくりの矜持としては結構ですが。
自動車の「周囲への没交渉性」「歩行者を障害物視」などの問題も解決しようとする視野や意欲がほしいところ。
せっかく知能を持った自動車なのだから、ドライバーと一緒になって自分勝手になられては困ります。「愛」は周囲への配慮にも、ありたいもの。
曖昧で気まぐれな人間と知能を持った自動車の”つきあい”は、時にはケンカになることもあるんじゃないでしょうか?
それから、「愛車」という工業製品は自動車だけじゃないよ。自転車も!

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トヨタが目指す「愛」ある自動運転とは
2017年01月18日 ITmedia
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1701/18/news113.html


 1月18日に開幕した自動車業界関係者向け商談展示会「オートモーティブワールド2017」(東京ビッグサイト、20日まで)では、トヨタ自動車と日産自動車の技術担当役員が講演し、自動運転技術などに対する考え方や将来の展望を語った。

 「『愛』がつく工業製品は自動車だけだ」。トヨタの豊田章男社長が折に触れて口にしている言葉。伊勢清貴専務役員は、その言葉に込められた意図を解説し、それに基づいた技術開発の方針を紹介した。

 冒頭、自身や従業員の愛車の写真と思い出話を披露。自動車が単なる工業製品ではなく、家族や友人と過ごした時間や出来事が刻み込まれた「愛車」と呼ばれるものであることを強調した。

 しかし、昔は「憧れの象徴」だったクルマが、急速な普及と性能の向上によって、「単なる消費財に変化しているのでは」と危機感を感じていることを明かした。そのため、トヨタでは「もっと愛されるクルマを作るため、使いやすさの向上に加え、人とクルマの関係を再び深いものにする」ことを目指し、技術開発などに取り組んでいるという。

 その取り組みは大きく3つ。1つは、新しい設計手法「トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー(TNGA)」をはじめとした商品力向上による「もっと乗ってみたいクルマづくり」。2つ目は、「GAZOO RACING」の取り組みで実践している参加型モータースポーツの提案。「クルマをもつ楽しさ、語り合う楽しさを深める」ことだ。そして3つ目は、「人とクルマの新しい関係づくり」。そこで自動運転の技術開発がポイントとなる。

 トヨタが考える自動運転の目指す姿は、「ドライバーが自らハンドルを握るが、クルマが陰でサポートする」技術の確立だ。もちろん、無人運転の技術は必要だが、「ドライバーと気持ちが通じ合った、友達のような関係で見守り、助け合う」ことを基本的な理念としている。

 そのために力を入れているのが、「人とクルマの協調」を目的としたクルマの知能化。それは、クルマがドライバーの状態や運転スタイルを把握し、状況に応じて運転を支援する技術だ。ドライバーが運転したいときには、ドライバー自身がハンドルを操作して運転を楽しむことを陰ながら支援する。疲れている時や気分が乗らない時は、代行運転モードも選べる。運転技術の成熟度によって、運転支援の強弱を変える技術も開発している。「直感でクルマと通じ合える楽しさ」という新しい価値を創り出すことを目指すという。

 ドライバーとクルマの協調が進めば、「自分だけのクルマ」となって愛着が増し、それが「愛車」になる。ドライバーが手をかけてクルマとの関係を育ててきた昔の愛車から、クルマがドライバーに寄り添うことで関係を深める次世代の愛車へ。伊勢氏は、技術開発でその変化を可能にすることを強調した。

 最後に、その考え方と技術を表現したコンセプトカー「Concept-愛i」を紹介。米国で開催された家電見本市「CES2017」で公開した。「高齢ドライバーによる事故や地方の過疎化などの課題解決に向けて、イノベーションでチャレンジしたい」と語り、講演を締めくくった。

(以上 トヨタの講演を紹介した部分)


posted by tomi at 06:00Comment(0)関連ニュース

木に会いに行く

誰かに会いに行くということは、「出掛けること」「歩くこと」の原動力になります。
出会いに期待を膨らませながら、自分の足でてくてくと。
「誰か」はべつに人間でなくても良いのですね。

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<東京人>聖地を歩く 心打つ 巨木の生命力
2017年12月24日 東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/list/201712/CK2017122402000127.html


sakasa.jpg
(港区元麻布の善福寺境内にある逆さイチョウ。江戸東京の歴史を見続けてきた)

 超高層ビルなど巨大な人工物に囲まれた大都市東京は、自然には恵まれていないと多くの人が思っていることでしょう。しかしよく探すと、二十三区内にも驚くような巨木がたくさんあります。いつもの通勤路を外れて、そんな木に出合いませんか。人間が大きな自然の一部であることを体感できるかもしれません。

 例えば、文京区本郷一丁目の閑静な通りに突如そそり立つ「本郷弓町のクスノキ」。旗本屋敷が並び弓町と呼ばれた一角で、江戸時代から有名な巨木でした。幹周り八メートル、樹高二十メートル。樹齢は六百年といいます。根元が盛り上がり変形するクスノキが多い中、この木は美しく力強い末広がりで根を下ろしています。その威厳に圧倒されると同時に、中層のビル街で「よくぞ残った」と、感動を覚えます。

 残ったと言えば、「善福寺の逆さイチョウ」。港区元麻布一丁目の善福寺境内にあり、八百年前に訪れた親鸞聖人が地に刺した杖(つえ)から育ったと言います。この木も江戸時代から「杖銀杏(いちょう)」と呼ばれ有名でしたが、空襲で焼けてしまいます。

 ところが見事に復活し、樹高二十メートルほどに回復しました。幹周りは十メートル以上。近づくと痛々しい焼け跡はありますが、苦難をものともせず青々と茂る夏や、黄金色に葉が輝く晩秋には、その生命力に打たれます。

 ほかにもさまざまな歴史を背負った巨木が都内には数多くあります。ぜひ皆さんの足で巨木探訪に出かけてください。 (黒田涼)
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 詳しくは、「東京人」1月号52ページ「巨木列伝 黒田涼」で。



posted by tomi at 07:42Comment(0)楽しく歩く工夫

運動で“脳力”アップ ただ歩くだけでも効果はある

「歩く」効用を勧める記事の紹介です。
年末年始のお休みに、いくぶん自動車通行量が減った道をゆったり歩いてみてはいかがでしょうか。
新年の健康生活へのきっかけにも。

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運動で“脳力”アップ ただ歩くだけでも効果はある
2017年12月08日 日刊ゲンダイ ヘルスケア+
https://hc.nikkan-gendai.com/articles/219064

 年齢とともに増える物忘れ。その要因のひとつは、誤った生活習慣の蓄積だ。物忘れや認知症を遠ざける生活習慣とは? 米山公啓先生(米山医院院長)に聞いた。

「定期的な運動が認知症予防になることは、さまざまな研究で明らかになっています。特別な運動をせず、ただ歩くだけでも効果があります」

 たとえば、65歳以上の9000人を対象にした調査。「週3回以上、歩くよりハードな運動をする」「週3回以上、歩く程度の運動をする」「運動をしない」の3群では、運動強度が高いほど認知症発症率が低かった。5年間継続した結果であることから、続けることの重要さがわかる。

「ウオーキングをするなら、毎日決まったコースを歩くより、なるべく遠いところに足を延ばすのがお勧めです。歩く距離が延びるし、知らない景色を見れば脳に良い刺激を与えられます」(米山医師)

 旅先で見知らぬ町を歩き回るのもいい。ウオーキングに限らず、好きなスポーツをするのももちろん有効だ。

 くどうちあき脳神経外科クリニックの工藤千秋院長は、さらに効果的な運動のやり方を教えてくれた。

「1日30~40分、デュアルファンクション(2系統の働き)を行うことが、脳にとって非常に有効だといわれています。単に体を動かすだけでなく、もうひとつ別の動きを加えるのです」

 たとえば、散歩をしながら歌を口ずさむ。脳内の歌詞を記憶する部分、音程をとる部分、喉を動かす部分が同時に動きだすため、単に手足を動かすだけより脳が活発に働き、活性化する。

 口に出すのが恥ずかしければ、頭の中で歌うのもいい。ただし、転ばないよう足元にご注意を。